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他では聞けないくすりのはなし

コラムNo.07 私が新人薬剤師だった頃

 4月になって新たに薬剤師になられた方もいらっしゃると思います。
 今回は、非常に恥ずかしいのですが、薬剤師になってかれこれ20年くらいになる(計算してみてびっくりです)私の新人時代の頃のことを書きます。
 
 国立病院(最近ではほとんどの病院が独立行政法人化して国立病院機構の病院となっていますが)の職員は転勤がつきものです。
 私が採用されて一番初めに行った施設は、岐阜県の飛騨にある国立療養所でした。
 こんなこと書いていいのかどうかわかりませんが、非常にのどかなところでした。
 そんなところで1年9ヶ月ほど過ごさせてもらいました。
 
 その次に行ったところは名古屋にある比較的大きくて非常に忙しい病院でした。
 ひょっとして、ここからが新人薬剤師としての私が始まるのかもしれません。
 
 のどかなところで仕事をしていたせいか、調剤に追われる毎日がとても大変と感じました。
 また、その頃は院外処方の発行がそれほど進んでおらず、ほとんど院内で調剤していたという時代で、調剤の処理能力をはるかに超えた枚数をこなさなければならず、患者さんの薬の待ち時間が2時間を越えることもしばしばでした。
 
 当時、薬を窓口で患者さんにお渡しするのはだいたい新人薬剤師の役割でした。
 その頃は、薬剤師法25条の2「情報提供の義務」などなく、ただ単に「お大事に」と言って、薬をお渡ししているだけでした。
 待ち時間が長いという苦情を受けるのは毎度のことで、なかには「タクシー待たせてあるから、早くしろ!」とすごまれたこともありました。
 また、突然薬袋の中から抗がん剤の内服薬を見せられて「この薬は何?」と聞かれて、冷や汗をかいたりと、非常におどおどしていたと思います。
 
 それと、なんといっても新人の頃で思い出すのは当直のことです。
 何も分からず薬剤師として一人で当直するのは、とても不安でした。
 何事もありませんように、医者から変な質問をされませんように、と祈っていました。
 その頃は当直者はポケットベルを持たされていました。
 鳴ってもいないのにポケベルが鳴っているような気がしたり、何か物音があると変な人が来たんじゃないかと、びくっとしていました。
 ですから初めての当直は、仕事で夜中にそれほど起こされませんでしたが、どきどきして眠ることができませんでした。
 
 ・・・という具合に新人の頃はあまりいい思い出がありません。
 全てが昨日のことのように思えたりもします。
 
 新たに薬剤師になられた方は、これからいろいろあるかと思いますが、薬剤師の名を汚さぬようがんばってください。

(2008/06/28;初出2006/04)

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制作・著作:佐藤賛治 (薬のご質問にはお答えできません

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