
他では聞けないくすりのはなし
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前回と前々回はオーダリングシステムの話を書きました。
その余勢で今回も・・・
我が家の車にはカーナビがついています。
知らない道でも、カーナビさえあればどこへでも行けます。
それはそれで非常に便利なのですが、ナビを頼ってしまって、道を覚えなくなりました。
カーナビがない車では、知らないところに行くときに、地図を片手に考えながら走っていましたが、ナビがついている車になってから、頭を使うことがなくなりました。
古い話で恐縮ですが、電卓が世の中に登場したときも、簡単に計算できてしまうことに危機を感じる人がいました。
あまり便利になりすぎると、人間馬鹿になってしまうとも言われていました。
最近では携帯電話にも電卓機能があり、実際、日常生活では暗算で計算することは少なくなっています。
私が勤務している病院では、オーダリングシステムと連動して、散剤監査システムが入っています。
以前なら、手書きの処方せんで、原末量か倍散量なのか判断しつつ、1日量と投与日数を掛け算して秤量していましたが、オーダリングシステムが導入されてからは、散剤を秤量する処方がオーダされた場合、どの薬を何g量ればいいか、散剤台に設置されている監査システムに表示されるようになりました。
でもその環境に慣れてしまうと、ちょっと怖い気がします。
自分で計算しなくても、何g量ればいいかをコンピュータに指示されているような気がしてなりません。
散剤もそのような状況ですが、薬袋もオーダリングシステムによって自動的に発行されます。
オーダリングシステムがダウンしてしまったら、薬袋を手書きで書かなければなりませんが、いつも自動ででてくることに慣れてしまっていたら、ひょっとしたら薬袋が書けないかもしれません。
我々薬剤師は自分で散剤の秤量するのを計算し、手書きで薬袋を書いていたアナログの時代をいつまでも忘れてはいけないと思うのです。
オーダリングシステムや電子カルテに慣れてしまった新世代の薬剤師は、処方せんや注射せんの疑義を発見する能力に劣ってしまうのではないかという危惧があります。
汚い字で、いや失礼、とても達筆な手書きで書かれてある処方せんは、何か間違いがないか、目を皿のようにして疑いの目で見ますが、きれいに印字してある処方せんは、正しいような錯覚に陥ってしまうということもあります。
コンピュータは、あくまで薬剤師の調剤を手助けする道具であって、決して万能ではなく、最終的には薬剤師の目で見て、薬剤師の頭で判断しなければなりません。
コンピュータさえあれば、薬剤師なんか要らないと言われないようにしなければいけないと思う今日この頃です。
(2008/06/07;初出2006/01)
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制作・著作:
佐藤賛治 (薬のご質問にはお答えできません)(http://d-inf.org/drug/)